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街角のバーには、大きく分けて二つの流れがある。一つは、エネルギッシュな喧騒と猥雑な雰囲気を孕(はら)む。
ドアを開けた瞬間に顔に当たる空気は、タバコの煙と酔ったサラリーマンの体臭、それに若い女性達の嬌声が絡み合って、夜が更けるにつれて、フェロモンの匂いが辺り一面に立ち込めていく。
もう一つは、若いカップルばかりが目立つバー。二人の前のカウンターに置かれたカクテルは、出来立ての美味をたしなむものではなく、ただの添え物に過ぎない。そして空気は、それぞれのカップルのところでよどみ、他の客は、そのよどみにうろたえる。バー・アドニスは、その二つに流れにはどちらにもくみしない不思議なバーだ。
ドアを開けると稟(りん)とした空気が心地よく顔に当たる。カウンターの一番左の席に座り、すっと差し出されたタオルを手にした時、ほのかに漂うペパーミントの上品な香りは、一日の仕事の疲れを忘れさせてくれる。そして、天井まであるシェルフに飾られた五百種類以上に及ぶボトルは磨かれて、それぞれの個性を競い合って、今宵の客を迎えてくれる。
差し出された一皿のオードブルは、料理好きのマスター田口氏ならではのもので、味は街角のバーの領域を超えている。
そして最高の魅力は、カクテルの美しさと味だ。数々のカクテル・コンペで証明されている田口氏の独創的なアイディアと卓越した技術、それを受け継ぐバーテンダー諸君によって創られるカクテルは、既に店独自のテイストが確立されており、もはや伝統さえ感じさせる。バーという空間や伝統のレシピを大切にしない昨今のホテル・バーとは雲泥の差だ。
そんな希有なバーを知っていることがうれしい。今宵もまた、カウンターで2杯目のギムレットを飲む僕は、しばしの間、アドニス(美少年)の肉体と感性を取り戻したかのように、夜空を彷徨う。
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